TRAVERING

なぜ旅に出るのか?そこに地球があるからさ。

これ以上の穴場はない 「埼玉のカッパドキア」9勝1敗で埼玉の勝ち

   

DSC05047

あなたはきっと、騙されたとは思わないだろう。

トルコのカッパドキアといえば、奇岩をくり抜いて作られた洞穴群で知られているが、ここ日本にも「埼玉のカッパドキア」と呼ばれる場所がある。

それが、埼玉県比企郡吉見町にある「吉見百穴」。百穴という名に恥じないどころか、遥かに多い219個もの穴があいている。その光景は奇怪にして絶景であり、ショッカーの秘密基地として撮影にも使われたという。しかし、その本当の穴場は「吉見町」の町全体に隠されていた。

コロボックルの住居か、古代人の墓穴か

DSC05065

洞穴の入口は狭く、大人は腰を屈めないと入れない。その大きさから、かつては小人であるコロボックルの住居だと考えられていた。

しかし、大正時代になって考古学が進むに連れて「死者を埋葬する墓穴」であると結論付けられた。古墳時代の後期に見られる横穴式であり、掘削には多くの人手が必要なことから、当時の権力者である豪族の墓とされている。いわば、埼玉のピラミッドでもあるのだ。

DSC05062 DSC05095

吉見百穴が造られた時代は、聖徳太子が生まれた時代と重なっている。「大化の改新」により中央集権国家となった645年、ひとつの政府が国全体を統治する力を有する時代となり、「薄葬令」により「簡単に葬ること」が義務化された。これは、地方豪族の権力を象徴する古墳造りを禁止した法律とも言えるだろう。

652年には「班田収受法」が施行され、豪族が支配していた「土地」や「人」が大和朝廷の支配下に置かれるようになっていく。こうした社会の変換期に造られ、そして役目を終えたのが吉見百穴なのだ。

遺跡を旅することは、歴史を旅すること。子供の頃は「645年=大化の改新」と丸暗記しただけでも、大人になって吉見百穴を実際に訪れてみると、点と点で学んできた歴史が線となり、実を結ぶような気づきがある。それは、覚えた英単語を、海外で実際に使ってみると意外と会話が成立したときの快感に似ている。無駄な勉強など、ひとつもなかったのだ。

光り輝く天然記念物と、地下に眠る軍事工場の謎

ヒカリゴケ

一部の洞穴には、幻想的なエメラルドの光を放つ「ヒカリゴケ」が自生している。その個体数は減少し続けており、昭和3年に天然記念物に指定されたのち、レッドリストの準絶滅危惧種にも選ばれている。関東平野で見られるのは極めて稀だが、吉見百穴では、これから梅雨にかけて育ち始めるという。

ちなみに、光るのはヒカリゴケの中でも子供だけ。大人になると光を失ってしまうというが、信じたくないものである。

軍事工場

地上の小さな穴とは対照的に、地下には巨大な穴があいている。地下通路と言ったほうが正確かもしれない。

戦時中、空襲から逃れるために軍事工場を地下に移転する計画が立案され、移転先として吉見百穴が選ばれた。しかし、工事は難航し、落盤事故による多くの死者を出しながらも、完成する前に終戦となる。それでも、碁盤の目のように交差する地下通路は左右に500mとかなりの深さ。

誰もいないトンネルを進んでいくと、まるで過去に通じるタイムトンネルのようであり、時の迷路に迷い込んでしまったような気がしてくる。

軍事工場2

やがて、地上の光が見えてきた。蜘蛛の糸を掴むように、一筋の光を辿っていくと、そこには2016年の世界が広がっていた。その証拠に、目の前にある「高橋売店」では洞穴に入る前から気になっていた「五家宝」が並んでいた。

五家宝2

高橋売店では「作りたての五家宝」が食べられる。五家宝とは、埼玉の熊谷を起源とする伝統菓子。もち米でつくるポン菓子のようなものを、水飴で固めながら棒状にして、きな粉と水飴で練ったものである。
その食感はふかふかでありながら、舌の上で水飴が絶妙に絡みあう。この店の五家宝は、通常より太く作られている点でも珍しく、これを食べるために吉見百穴にやってくる人も少なくないという。

埼玉のサグラダ・ファミリアと、埼玉の八十八ヶ所巡り

巌窟ホテル2

巌窟ホテル

トルコのカッパドキアには洞窟ホテルがあるが、埼玉のカッパドキアには「巌窟ホテル」がある。

明治時代に、とあるおじいさんが「3代150年」という壮大な目標を掲げ、ノミ一本を担いでたった一人で巌窟を掘り始めた。結局、21年間掘り続けたところで亡くなってしまい未完に終わった。
しかし、生前のおじいさんの姿を見た近所の人たちは「今日も掘ってる、まだ巌窟を掘ってる」と言ったことから「巌窟ホテル」と呼ばれるようになったという、嘘みたいなホントの話だ。まさに埼玉のサグラダ・ファミリアであり、埼玉のガウディなのだった。

岩室観音の八十八ヶ所

巌窟ホテルの隣にある「岩室観音」もユニークである。お堂は、京都清水寺と同じ「懸造り」。

あの、釘を一本も使わないという伝統工法だ。注目すべきは、洞窟に並べられた八十八体の仏像。これらを拝めば、埼玉にいながらにして四国の八十八ヶ所を巡礼するのと同じ功徳があるとされている。
仕事に忙しい東京人とはいえ、四国には行けなくても、埼玉なら来られるだろう。一生に一度は、埼玉のお遍路さんに参っておくのも悪くない。

さらなる洞穴を探し求めて「黒岩横穴墓群」へ

一里飴

吉見百穴から約1里。ちなみに1里=3.927kmである。そこで、吉見百穴で売っていた「一粒で一里を歩けるエネルギー」と名付けられた「一里飴」をひとつ。

久しぶりに飴玉を舐めながら、四季折々の美しい田園風景を歩いて行く。すると、「吉見観音」が現れる。

吉見観音

見応えのある三重塔を拝みながら、さらに奥へと進んでいくと「八丁湖」に辿り着く。

八丁湖 八丁湖で食べた銘菓

湖の周囲は1,600mのウォーキングコースになっているのだが、その前にひと休み。東松山の銘菓「清晨庵のほんわらび」と「富久屋の牡丹だんご」をいただこう。

これらの老舗は、最寄駅である東松山駅から吉見百穴まで歩いて向かう途中にある。あらかじめ購入しておいたわけだが、徒歩1時間の疲労も吹き飛ぶ甘味の美味さである。

黒岩横穴群

そして、湖の奥へと進んでいくと現れるのが「黒岩横穴墓群」だ。

吉見百穴よりも大規模な洞穴郡が眠っており、その数なんと500以上と推定されている。いまだ観光地化されておらず、わかりづらくはあるが、本家をも凌ぐと言われるそのロマンは、アンコールワットを凌ぐとも言われるカンボジアのベンメリアのようである。まさに、埼玉のベン……以下略としよう。

百穴の近くの川べり

帰路については、鴻巣駅に向かうことをお勧めする。吉見町から鴻巣市に向かう途中に渡る荒川は、日本一の川幅を誇る2,537m。それにちなんで、鴻巣駅近くの「馬力屋」では「川幅うどん」が食べられる。

吉見町は小麦の産地でもあるらしく、うどん屋が多いのだが、きしめんを4本並べても、川幅うどんの1本には敵うまい。濃いめに作られた鴨汁に、もっちりとした小麦の旨味がまたうまい。

川幅うどん

吉見百穴は絶景としてカッパドキアに負けるにせよ、ヒカリゴケ、地下軍事工場、五家宝、巌窟ホテル、八十八ヶ所巡り、三重塔、銘菓の数々、八丁湖、川幅うどん、これら9つの見所を含めると埼玉も負けてはいない。まさに、穴より奥深い吉見町の旅なのだった。

 - トラベルエッセイ