TRAVERING

なぜ旅に出るのか?そこに地球があるからさ。

夢に見るのは絶叫か、それとも絶景か。紅葉の寸又峡で「夢の吊り橋」を体感せよ

   

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その恐怖体験は「夢」にまで見るという。

静岡県の寸又峡にある「夢の吊り橋」は、長さ90m・高さ8m。峡谷の間に架かる姿はジェットコースターのように恐ろしく、足元には貧相な板を敷いてあるだけ。その吊り橋の前に立つと、誰しも足がすくんで心臓が縮みあがるという……。「夢の吊り橋」と呼ばれる理由を聞いていると、それだけで恐怖の橋が夢に出そうである。

しかし、夢の吊り橋は世界的な絶景としても知られている。トリップアドバイザーによる「死ぬまでに渡りたい世界の徒歩吊り橋10選」では、カナダのアルプス山脈や、中国の世界遺産に架かる橋などと並んで紹介されているほどだし、国内でも「新日本観光地100選」など枚挙に暇がない。

怖い、けど見たい。

紅葉の時期はとくに絶景らしく、恐れながらも訪れてみることにした。

恐怖に勝る美しさに心が揺れる「夢の吊り橋」

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寸又峡の駐車場から吊り橋へ。歩いて向かう途中に「天子(てんし)のトンネル」を通る。長く、暗いトンネル。天子と天使は違うにしても、その名前は「生きては帰れない」という忠告に思えてくる。重く湿った空気にゴクリ、と唾を飲み込むと、トンネルの暗闇にしたたる水の音がこだました。

そうして歩くこと10分、ついに夢の吊り橋が見えてきた。

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峡谷に差し込む日の光が、吊り橋を幻想的に照らしていた。思わず恐怖より先に美しさにのみ込まれてしまう。近くにいた人が言うには、「夢の吊り橋」と呼ばれる理由には、もう一説があるという。

それは、「エメラルドグリーンの湖面に浮かぶ橋の姿が、あまりに神秘的で夢のようだから」。

たしかに、恐怖よりも美しさのほうが夢に出てきそうだ。そう思いながら、一歩ずつ橋を踏みしめていくと、湖に浮かぶようにして見渡せる山々も、湖面に映る紅葉もなおさらロマンチック。 「橋の真ん中で好きな人を想うとその恋が叶う」という伝説もあるらしく、片想いの相手がいる人はもちろん、恋人や夫婦にも「吊り橋効果」が期待できそうな絶景だ。

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ところで「吊り橋効果」を実証した「吊り橋実験」をご存知だろうか。1974年にカナダの心理学者が発表した実験によると、対象を2つのグループに分けて「揺れる吊り橋」と「揺れない橋」を渡らせた。その際、吊り橋の真ん中で異性が偶然を装って話しかけ、電話番号を教えるようにする。その結果、「揺れる吊り橋」を渡った人の多くからアプローチの電話があった。しかし、「揺れない橋」を渡った人からはほとんど反応がなかったという。よって、恋の吊り橋効果は存在するーー大雑把な実験に聞こえなくもないが、心理学的実験として認められているという。

恐怖だけではなく美しくもある「夢の吊り橋」なら、夢のような「吊り橋効果」も得られるかもしれない。

地獄を乗り越えたあとの天国「美女づくりの湯」

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夢の吊り橋を渡り終えると、登山コースが待っている。強制的に。一方的に。吊り橋は一方通行なので退路は断たれている。目の前には非情にも「三百四段です」という看板と階段が。登れば登るほど、高まる標高、高まる恐怖。さらなる「吊り橋効果」も期待できるといえよう。

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それにしても、まさに地獄の急勾配。素晴らしい紅葉に包まれているはずなのに、足元しか見ていられない。「やれやれどころ」と名付けられた休憩所を挟んで、やっとの思いで展望台に辿り着く。そこから、さらに山をぐるりと一周するようにして帰ってくるわけだが、そうして全景を見渡したときに改めて気づくのだ。息を飲むような、夢の吊り橋とエメラルドグリーンの湖の美しさに。

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正確には、湖ではなくダムでせき止められた川なのだが、この不思議な色は「チンダル現象」によるもの。純粋な水に青い光だけを反射する微粒子がわずかに溶け込むことで生まれる奇跡の現象だと言われている。

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寸又峡は温泉郷でもある。地獄を越えたら本物の天国が待っているというわけだ。南アルプスの麓から湧き出す温泉はぬめり気があり、肌がしっとりツルスベになる。それゆえに「美女づくりの湯」と言われているほどの名湯。登山コースのゴールとしては申し分ないはずだ。

怖いもの知らずの男が試される「畑薙大吊り橋」

この旅はそれだけで終わらない。ハードな男にしか渡ることが許されない究極の吊り橋を紹介しよう。寸又峡から県道の果てまで約50km。山の奥へ奥へと縫うように走り続ける道中には、手つかずの美しい紅葉が広がるほか、車で渡れる吊り橋「井川大橋」にも立ち寄れる。しかし、本命はそのさらに先だ。

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道が途切れる「畑薙第一ダム」で車を降りて、歩くこと2.5km。突如として姿を現わす橋。それが「畑薙大吊り橋」だ。

全長181.7m・高さ30m。「夢の吊り橋」よりも明らかに長く、恐ろしく高い。もはや「吊り橋効果」どころではなく、肝だめしに近い。訪れる人も皆無に近く、恋人や夫婦で来たならば、吊り橋を前にふたりだけの静寂が広がるだろう。立ちすくむ彼女の前で、怖いもの知らずの男らしさを示せるか。刺激が不足しがちな夫婦関係にも吊り橋効果はバツグンだ。

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足元は頼りなく軋み、手すりの鉄線が手放せない。が、握るたびに蜘蛛の巣が絡みつく。糸ならまだいい。蜘蛛本体が絡みつき、飛び慄きでもしたらと思うと恐怖である。踏み出すほどに強くなる風には、揺られるというより、もはや煽られているような感覚だ。

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おまけに、辿り着いた先には何もない、引き返すほかない。そんな驚きと慄きが待っている。それでもなぜ渡るのか?ーーFall in Love。恋には落ちても、君は決して手放さない。その覚悟を示すために他ならない。

なお、当方は一切の責任は負いかねる。自分の責任は自分で持てる本物のオトナだけにお勧めする吊り橋である。

最後に

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寸又峡の「夢の吊り橋」も、「畑薙大吊り橋」も、大井川流域に架かる橋。この川を挟む峡谷には、他にも数え切れないほどの吊り橋があるという。紅葉も11月下旬までが見頃。まさに今だ。記事につられて、橋につられてみるのも一興ではないだろうか。

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