大人のモビルは遊びじゃない 真の「スノーモビル体験」で男の冒険心を取り戻せ
「命懸けのスポーツなんです」
スノーモビルのインストラクターにして僕たちの師となるサトウ教官は、そう言った。
「スノーモビル体験」としてスキー場を走るアクティビティはよくある。しかし、タングラム斑尾のそれは登山であり、冒険でもある。
走るのはスキーヤーやボーダーがいないゴルフ場。冬場は“かんじき”を履いて重装備で登山するほかに立ち入る術のない山道をエンジンひとつで駆け上がっていく。その先に広がっているのは、雪の音が聞こえそうなほど静寂な白の世界。本当のスノーモビルは、前人未到の山々を制覇するスポーツなのだ。
「晴れた日に頂上から見える、妙高山、 斑尾山、黒姫山 、戸隠山、飯綱山、これら北信五岳の素晴らしさもまた、他には負けないと思いますね」
サトウ教官の最高速度は時速120kmに到達する。平らな場所がない雪道にも関わらず、だ。ハンドルやアクセルだけじゃない。
勇気と臆病をコントロールしなければ辿り着けない男の境地とは、いかに。
男が男たる資格。本物のスノーモビル体験にはライセンスがいる。
東京が雪に染まったあの日、僕は長野に向かっていた。豪雪により新幹線は止まり、高速道路は封鎖となり、苦難を乗り越えようやく辿り着いた「タングラム斑尾」。
天候は最悪。時間感覚を失わせる薄暗い曇り空がせっせと雪を吐き出していた。
スノーモビルハウスの扉を叩くと、出迎えてくれたのがサトウ教官だ。
法的にはライセンスなしでも運転できるモビルだが、「本格コース」で使うモビルは排気量もケタ違い。お遊びでは済まされないコースを走るので、まずは講習を受ける必要がある。
スノーモビルは、バイクでいう前輪と後輪のかわりに「ソリ」と「キャタピラ」がついたマシン。前の2本のソリで舵を切り、後ろのキャタピラで前に進む。
技術が求められるのはカーブである。
ハンドルを曲げて体を傾けたぐらいではキャタピラは地面に張り付いたまま。車体を浮かせるぐらい大胆にガツン! と傾けなければ曲がれない。
サトウ教官が示すその姿は、バイクレースのカーブで地面スレスレまで車体を傾けるアレをも超える。ときに立ち乗りとなり、片側に両足を乗せて体重をかける。S字カーブになるとシートを飛び越えながら両足を行き来させるほどエクストリーム。
ただし、車体を傾けすぎると横転する。重量300kgを超えるモビルの下敷きになれば、身動きが取れず死に至る恐れがある。とはいえ、体重移動に気を取られてブレーキとアクセルを間違えると谷底に転落する。
――自分の身は自分で守れ。
徹底して叩き込まれること1時間。
サトウ教官から手渡されたのは「ヤマハスノーモビルライセンス」。
男が男たる資格を手に入れた、そんな喜びに浸るのも束の間、さっそく実践となる「樹林ツアー」に出発する。
モビルでしか辿り着けない最深部。新雪を駆け抜け、雪山を制圧する。
キーを回す。チョークを開く。ブレーキレバーを握り、スターターを思いきり、引く!
ブルン、ブルルルルン!
始動したエンジン音は重く、体の芯まで響き渡る。男の闘争心に火をつける音である。
アクセルを握るとモビルが動き出す。キャタピラによる推進力は凄まじく、雪を踏みしめ、ときに蹴散らしながらコースを制圧していく。
登り坂も駆け上がれるのはモビルならでは。カーブに差し掛かると覚えたばかりの体重移動を駆使して曲がっていく。真っ直ぐに見える雪道でも、スピードが出ているので、ちょっとした段差でモビルごと体が宙に浮かぶ。しかし、これらを乗りこなしたときの征服感がたまらない。
樹林を抜けると、視界が一気に開ける場所に出た。ここから先はフリー走行。新雪の中をフルスロットルで攻めてこいという。
……ゴクリ。
大きく白い息を吐いたのち、アクセルを強く握る。一瞬で加速するモビル。新雪の絨毯を切り開き、道なき道を駆け巡る。
が、しかし。
沈んだ。
埋まった
横転した。
モビルが雪に埋まって動けなくなることを「スタックする」という。こうなるとモビルを降りて、重いモビルを持ち上げて、引き出さなければならない。
しかし、これがビクともしない。
顔を真っ赤にして格闘していると、サトウ教官が颯爽と現れて引き上げてくれた。パソコンの重さと戦うライターと、雪山と闘う男の中の男。体の構造からして違うのか。
「攻めと無茶は違う」
ハイ! と威勢よく演じても、またしても曲がりきれず、新雪に埋もれてしまう。
「コースをあらかじめ読んでおけ。出たとこ勝負じゃだめだ」
ハイ!! と声を張り上げて気合いを入れる、それでも。
あ、まずい、沈む……。
しかし、埋もれそうな坂こそアクセルを緩めるな、攻めろ。そして、体重を丁寧にコントロールしながらコーナリングしていくと……持ち直した!
「ちょっとこれ無理なんじゃないの? という道から生還すると、どうだ!やってやったぞ! とテンションが上がるでしょう。モビルは、その瞬間がたまらないんですよ」
ハイ!!! すっかり“モビラーズハイ”になっていた僕らは、雪原が轍だらけになるまで走り続けた。
頬に伝う水滴。
なんだこれは? 雨か? 雪か? いや、汗か!
悪天候の雪山にも関わらず、寒いと感じることはない。むしろ暑い、いや熱いのか。スノーモビルはスポーツなのだ。
男であるために一番を目指す。その背中に見た軌跡と奇跡。
「モビルに乗るのがうまい、カッコイイ男たちがいたんです」
エンジンを切ると、一瞬で訪れる静寂。そのとき、サトウ教官はこう切り出した。
「毎年シーズンが終わる3月に、スタッフだけで山頂まで誰が一番速く行けるかというレースをやるんです。当時の僕は置いてけぼりをくらいましてね。スタートした瞬間、誰の背中も見えなくなって。モビルの走った跡があるのでそれを追いかけて行くわけですが、ようやく山頂に着いたときには夕方になっていました。そのとき、僕は見たんです。」
吐く息は白く、サトウ教官の声があたたかく響く。
「男たちが山頂で一列に並んでモビルを停めて、モビルに跨ったまま立っていました。そして、妙高山を見下ろしながら缶コーヒー片手に煙草に火をつけるんです。その背中への陽のあたり方が、ものすごく綺麗で。なんてカッコイイ男たちなんだコイツらは! と思ったんです。
最下位だった僕は、その輪の中には入らず、少し下の離れたところにモビルを停めて、男たちの背中を写真に撮りました。
そのとき、誓ったんです。
来年は絶対にこの輪の中に入ってやるんだ、と。
一番を切って自分が行く、 それぐらいの気持ちで必死で練習するようになって……」
と、そのとき。
「今はもう完全に一番っすよね」
これまで黙って聞いていた若手インストラクターがそう呟いたのだ。彼のサトウ教官への眼差しは真っ直ぐで、かつてのサトウ教官の姿を彷彿とさせる。
そのときのことだった。雨が降り、雪が降り、曇り続けていた灰色の空に晴れ間が広がり、夕日が射し込んできたのだ。それは、わずか数分のことだったかもしれない。しかし、確かに僕は見たのである。「一番」と言われた男の背中に陽があたる、その姿を。
文章:志賀章人
写真:MasaHiro IKEDA、Asami Hirabayashi