TRAVERING

なぜ旅に出るのか?そこに地球があるからさ。

釣りではない、狩りである。 ワカサギ釣りは男の本能を狩りたてる

   

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釣りは男の嗜みである。

中でも、ワカサギ釣りは最も原始的で野生的な釣り。屋形船に乗るワカサギ釣りもあるが、少し味気ないというもの。氷に穴を開けて針を垂らす、あのワカサギ釣りができる場所が都内から日帰りでも行ける長野にあった。それが「松原湖」だ。

男の狩猟本能が露わになる。その先の境地とは

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午前8時30分の松原湖。

標高1,100メートルを超えるこの地の気温はマイナス10.8℃。冷凍庫ならぬ冷凍湖というわけだ。湖面にピッシリと張り詰めた氷。その氷上に立つだけで、胸がトリプルアクセルする。

しかし、寒い。

歩いていても凍えるのに、動きの少ない釣りをするとなれば防寒は必須だ。ドーム型のテントの中でストーブを焚いて釣りをする人が多いのだが、男なら体と本能を剥き出しにしてワカサギと対峙すべきではなかろうか。

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ドリルで氷に穴を開ける。ごおりごおりと音が鳴る。

ワイルドに開いた。穴のまわりをきれいにすると。

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これだ。これがイメージしていた通りのワカサギ釣りの穴だ。

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そして、釣竿。長さにして約30cm。リールはない。釣りの原点と言える仕様だ。

エサはウジ虫。もちろん生きている。

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赤く着色してあるのはワカサギが赤を好むという理由もあるが、白いとウジ虫が気持ち悪く見えるからだという。こいつを針に刺して4分の1にぶつ切る。これで準備完了だ。

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穴に糸を垂らす。
おもりが湖の底に着くまで糸を伸ばしたら、少し巻き上げて固定する。すべて手動。アナログだ。

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そして、

クイック、クイック、スロー。

クイック、クイック、スロー。

クイック、クイック、スロー。

まさに氷上のピアニスト、あるいは指揮者。竿先を繊細かつ巧みに動かして、ワカサギを刺激する。ワカサギが食いついて、竿先がピクッと動いたら、クイッと竿を動かして「あわせ」る。

すると、んんっ!

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……本当に釣れた。

アタリ判定は非常に繊細だ。寒さに手が震えただけかも、と思いつつ引き上げてみたら釣れていた。大きさは8㎝ぐらい。これで一匹目。

再び、穴に糸を垂らす。

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すると、また食いついた。これで二匹目。

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三たび、穴に糸を垂らす。すると、またまた食いついた。これで三匹目。

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入れたら食いつく。これが「入れ食い」というやつか。釣り上げる度に小さくなっているのが気にかかるが、これで「ワカサギ三姉妹」。釣った魚にはエサもやらずに、その辺の氷の上にほったらかし。ここは天然の冷凍庫なのだ。ワイルドにいこう。

穴に糸を垂らす。

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見るべきは一点、竿先のみ。見る見る集中力が研ぎ澄まされていく。釣りの、いや狩りのことしか考えられない。男の狩猟本能が駆り立てられ、剥き出しになる。これは、獲物との真剣勝負なのだ。

たぎる本能は、やがて、無の境地に到達する。そう極度の集中は心を無にしてくれる。禅や瞑想に近いかもしれない。こうして湖面と向き合うことで雑念は消え、心に貼りついた余計な汚れがパラパラと剥がれていくようにも感じられるのだ(……ぜんぜん釣れない)。

 

 

どれくらい時が経ったのだろう。気がつけば、まわりに誰もいなくなっていた。

「にいちゃん、そこはもう移動したほうがいいぜ」

ワカサギは湖の中を群れで周遊しているのだという。このあたりからは移動してしまったのかもしれない。釣れない奴め。

人がたくさんいる辺りに移動して、再び氷に穴を開ける。

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穴に糸を垂らす。

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夢にまで見た、というより、昔なにかで見た、この状況。まるで物語の中に自分がいるみたいだ。いや、すべての人生は物語であり、誰もがその中では自分が主役なのだ。日常に追われて見失ってしまいがちだが、主役不在の物語ほどつまらないものはない。自分の人生を生きようではないか。

吐く息はどこまでも白く、凛と冷えた空気は透き通っている。目をつむれば、人の声はすぅーっと遠くなり、湖とひとつになれるような気もしてくる。釣れる、釣れないなんて、そんなこと、どっちでもいいのかもしれない。釣れない時間があるから、一匹を美しいと思えたり、命を愛おしく思えたりするのだから(……それにしても釣れない)。

「にいちゃん、おれもう帰るわ」

ワカサギが釣れるのは早朝と夕方らしい。太陽の光に弱いワカサギは日中になると大人しくなってしまう。吹雪いているような日こそよく釣れたりするという。

その場で揚げて、その場で食べる。それが男の狩猟採集だ。

釣った魚は釣りたてが一番美味い。その場で食べるまでが男の狩りである。据え膳食わぬは男の恥とも言えよう。目の前に横たわっているのはピチピチのワカサギ。さっそく、ワカサギ三姉妹をいただくことにする。

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サラダ油とからあげ粉を用意して、はい、どぼん。

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「カラアゲ三姉妹」の完成だ。

美味い。

まるごと食いついても、くさみは一切ない。

美味い。

やわらかな白身が舌に絡まり溶けていく。

美味い。

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最後の一匹はせつない味がした。こうして三姉妹は一瞬のうちに僕の血肉となっていった。

最後に

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暖冬により解禁が遅れていた松原湖。それでも、長野ではいち早く解禁となったワカサギ釣りの隠れた名所である。ドリルも釣竿もエサもテントもその場でレンタルできるが、調理セットは持参。釣った魚をレンタルしたお店に持っていけば天ぷらにしてくれることも。

名人でなくても早朝から始めれば100匹を釣り上げることも珍しくないという。

ぜひ、あなたの中に眠る野生の狩猟本能を呼び覚ましに行ってほしい。

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 - トラベルエッセイ