TRAVERING

なぜ旅に出るのか?そこに地球があるからさ。

島民すら見たことがない野生のツシマヤマネコよりスゴイものを見た! カワイイ!だけじゃなかったヤマネコ島

   

野生のヤマネコなんて見れないよ

「50年生きてきたけど、野生のは見たことないね」

え、“ツシマヤマネコ”ってそんなにレアなの? はるばる対馬までバイクを走らせてきた僕は愕然とした。

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それから何日が経っただろう。野宿をしながら「ヤマネコ注意」の標識があるエリアを中心に島を探索し続けたが、まったくもって会える気配がしない。

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闇雲に探すのは中止して、ツシマヤマネコを飼育している「対馬野生生物保護センター」を訪れてみた。たった一匹ではあるが、そこには「会いに行けるヤマネコ」がいる。

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ガラス越しで遠くから見ることしかできないので、画質の悪さは許してほしい。こうして見ると「ふつうのイエネコ」と変わらないようでもあるが、太くて長い尻尾や額の縦縞などに特徴がある。

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ヤマネコは人間になつかない。何度もエサをやりにきたであろう飼育員にもこの警戒心。

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それでも、なんとか体に触れさせてもらえるまでにはなった。

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腰が引けているのもご愛嬌。「福馬くん」と名付けられたこの個体は生まれたときからずっと人間の保護下にあり、それも今年で12歳になる。野生とは言えないがツシマヤマネコには違いない。

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そもそも、野生のネコ科動物は日本に2種類しかいない。

“ツシマヤマネコ”と“イリオモテヤマネコ”である。ともにベンガルヤマネコの亜種であり、およそ10万年前の日本と大陸が陸続きだった時代に渡ってきたとされている。

対馬のみに生息する野生のツシマヤマネコだが、現在は推定100匹が残るのみ。奇しくもイリオモテヤマネコも同数であり、交通事故による死亡が多い点まで共通している。ともに最も危険なランクに位置する絶滅危惧種である。

しかし、1965年頃になって「20世紀の大発見!」とマスコミで大きく取り上げられたイリオモテヤマネコに比べると、ツシマヤマネコはあまり知られていない。実は、江戸時代の学術書にも載っているほど古くから地味に存在を認められてきた。そのため、とくに騒がれることもなく、知れ渡ることもなかったのだという。

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なんとか野生のツシマヤマネコを見てみたい。対馬に住んでいる友人に相談してみると、ヤマネコ探しのプロを紹介してくれることになった。それが川口誠さんだった。

 

見れない、なんてことはまずないよ

集合時間は夕方。それも「田んぼ」だった。

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120%スマイルの友人と僕のあいだで穏やかな笑顔を浮かべているのが川口さん。みんなで一台の車に乗り込み探索開始。ツシマヤマネコが出現する可能性が高いのは、日の入りから夜にかけて。そして、日の出の時間帯なのだという。

「この時期は子どもに狩りを教えるために親子で田んぼにやってくるんです」

ヤマネコだからといって、いつも山にいるとは限らない。獲物となる小動物がたくさん集まる田んぼにいるのである。山道で見つけようとしていた僕はやはり検討違いだった。

「このスポットは田んぼが多くて車に乗りながらでも探せるから」

そう言って広大な田んぼのあぜ道を車でぐるぐる回りはじめる。

「黒い塊が見えたら教えて」

車の進路と、ブロックごとに別れた田んぼの境界線が、垂直に重なるとき。車の窓からその境目が「一線」に見える瞬間がある。その隙間にヤマネコがいないかチェックするのだ。

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しかし、夕暮れはすぐ暗くなる。すると、その隙間を懐中電灯でパッと照らす。車の窓からパッ!車を進めてパッ!といった具合である。

ヤマネコがいれば目がキラリと反射する。そうやっているかいないか判断する。理屈は分かるが、それがほんとうに一瞬なのだ。パッと照らしてパッと消す。川口さんの見る目の速さに全くついていけない。

もう10年以上、ツシマヤマネコを追い続けているという川口さん。このあたりでは“ヤマネコ兄さん”と呼ばれ、動物写真家としてNHKにも写真提供しているツシマヤマネコのプロである。

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満月の日や小雨の日は獲物が活動的になるし、風がある日も音にまぎれて獲物を捕らえやすくなる。そうした条件が重なるとツシマヤマネコに会える確率も高くなるという。

しかし、それらを知っているからと言って簡単に見つけられるわけではない。

経験値。その本当の意味がよく分かる。川口さんは、毎朝、ヤマネコ探しのパトロールをしているそうだ。そうして鍛えられた目があってこそ見つけられるのだと、このあと僕は思い知る。

 

 

アンケートによると、対馬の人でも野生のヤマネコを見たことがある人は487人のうち82人しかいない。「これまでの人生で」という質問に対する数字である。しかし、川口さんの手にかかれば、たった1日にして遭遇率は95%。

「見れない、なんてことはまずないよ」と川口さんはひょうひょうと話す。

これまで見てきたヤマネコの数はのべ100匹だという。

「あ、この辺りはぼくの田んぼなんです」

周囲の整然と稲が並んだ田んぼに比べると、やや雑然とワイルドに見えなくもないが、それもそのはず。昨年からはじめたばかりなのだという。無農薬なので自然の生物もいっぱい。自分の田んぼにヤマネコもしょっちゅう現れるようになって嬉しいという。

「恩返ししないとね」と川口さんは言う。ヤマネコの写真を撮れるのは、田んぼのおかげ。ヤマネコを守るためには、田んぼを守ることもしなくては。そう思ってはじめたそうだ。

「あ」

と、車を停める川口さん。ヤマネコか!? と思ったら「ポケモンGO」。画面を覗かせてもらうと、ポケモン図鑑もめちゃくちゃコンプリートしている。

「ヤマネコを追いかけるのは、色んな姿の写真というのをコンプリートしたいからかもしれない」と笑う。昨年は「親子」、今年は「つがい」。毎年テーマを決めて写真を撮り続けているそうだ。

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昨年のベストは、子猫がウナギをくわえてあらわれたとき。つられて親猫も出てきたそうだ。

川口さんがカメラをセットしている間も逃げることなく、それから3時間もシャッターを押し続けた。好奇心旺盛な子猫は1mの距離まで近づいてきたが、ハラハラしながら見守っていた母猫に、それ以上はダメ、と怒られて帰って行った。そんな感じだったという。

 

 

1時間は経っただろうか。ヤマネコの姿はまだ見えない。

「いや~今年はほんとに出が悪い。この夏は異常に暑いからなぁ」

あたりは既に真っ暗である。暗視スコープでもなければ、田んぼと田んぼの隙間なんて、どこにどう伸びているか検討もつかないはずだ。それでも、川口さんは車の窓から懐中電灯を出してパッ!パッ!パッ!と照らしていく。

驚くことに、その瞬間にまっすぐ伸びる田んぼの境界線が見えるのだ。頭と体に田んぼの地図が叩き込まれていなければそうはいかない。僕はあらためて驚愕した。

パッ!と照らす。木々に鳥がとまっている。

「あれはアオバズク」

パッ!と照らす。田んぼからバサバサと何者かが飛び立つ。

「あれはタシギ」

姿が一瞬見えただけで鳥の名前を言い当てていく。

パッ!と照らす。3対の目がキラリと光る。

「あれはシカ」

おお、ほんとだ。田んぼに鹿がいるのも僕にとっては珍しい光景である。

「あ!」

と、今度は力をこめて言う川口さん。ついに!と期待して顔を向けると。

「……あれはツシマイエネコ」

ヤマネコではなく、ふつうの野良ネコだった。

 

 

結局、2時間も粘ってもヤマネコの姿は見えなかった。

「これで終わりにしようか。集合場所に戻るまでがラストチャンスね」

どうかツシマヤマネコさま、一瞬でもお姿をお見せください!!

しかし、その願いも空しく、集合場所に停めた僕のバイクが見えてくる。

ここで、「最後にもう一周だけ」と言って川口さんが車を走らせてくれた、そのとき。

 

「あ、おるわ」

 

え? 

川口さんは「まぶしくてごめんな」と呟きながら、懐中電灯を揺らしてくれる。

「ほら、あそこ」

どこだろう。僕の目にはまだ見えない。川口さんに手渡された双眼鏡で見てみると……あ!いた!

ゆっくり近づいていくと、ようやく肉眼で確認できた。確かにツシマヤマネコだ!!

その瞬間、サッと田んぼに隠れてしまった。写真を撮る余裕などなかったが、この目で確かに見たのである。目を光らせてジッと見つめ返してきた、幻の野生のツシマヤマネコを。

すごい!すごい!しかも、最後の最後に!興奮しながらお礼を言うと。

「いや~よかったですね。ぼくも遭遇率95%が下がらなくてよかったです」

川口さんもホッとしたように笑ってくれた。

すごいのは、「おるわ」と一瞬で判断を下したその経験値。キラリと目が反射したことなど僕が気づけるわけもなく、双眼鏡を使ってようやく見えた距離なのに。

どうして分かったのか聞いてみる。すると、一瞬、目が反射したものの、すぐに見えなくなったそうだ。そして、またすぐに光った。

「一度こちらを見て、逃げるように背を向けて歩き出して、もう一度こちらを振り返ったんです」

 

……すごい。何かを極めるとはこういうことなのか。

僕にとってはなんだろう。川口さんのような「オンリーワン」を極めたい。そう思わせてくれた動物島。ツシマヤマネコより「スゴイもの」を見ることができた旅なのだった。

 

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