ワイルドサイドを歩け/ロバートハリス
ルー・リードの「ワイルドサイドを歩け」。ハリスさんのテーマソングでもあるという、この曲を聴きながら読んでみることをオススメしたい。
1話につき1,500字ほどのエッセイはどれも読みやすく、中でも「一人旅のテーマ」という項目は目からウロコだった。
短い旅に一人で出る時、自分なりの旅のテーマを決めるようにしている。自分がこの旅で何を感じたいか、どんな気持ちに浸りたいか、どんな旅人を演じたいか、そんな内面的なテーマである。例えば「孤独」「忘却」「ワイルド」「内省」「虚無」「アンニュイ」。これはもちろんゲームだが、一人旅の時、自分の感情のバランスを保つのに、なかなか役に立つ。
例えばモロッコへ行ったとする。マラケシュやフェズでは「自分を忘れる」という気持ちでスークやメディナの迷路を歩く。心を空っぽにし、浮遊感を持って雑踏の中へ溶け込んでいくのだ。
アトラス山脈を越え、カスバ街道を走り、砂漠へと足を踏み入れる時は、「ワイルド」な旅人になりきる。一番タフな部分の自分を演じることによって、旅に順応するのだ。今度はニューヨークへ行く。知人は誰もいない。ダウンタウンのホテルに泊まり、ソーホーやビレッジを歩く。始めのうちはカフェや画廊やブックショップを巡り、充実した時間を過ごす。でも、次第に一人旅にはつきものの孤独が身に沁み入ってくる。
孤独は旅人を悲観的にする。「淋しい」「一人旅はつまらない」「ニューヨークは淋しい街だ」「ここに来たのは間違いだった」「オレの人生そのものが間違いの連続だ」、そんなダークな連想を引き起こし、旅を苦しいものにする。
でも始めから「孤独」をテーマにしていれば、このムードを前向きにとらえ、遊ぶことすらできる。一人街を歩き、書店でポール・オースターやボルヘスといった、孤独の美学を極めた作家の本を買い、カフェでゆっくりとページをめくる。外では雪がパラパラと降り始める。ノートを開き、孤独の感触を一つ一つ書き留める。孤独という衣に包まれた、静かで美しい空間へと変貌していく。孤独がネガティブなものではなく、旅の風景へと変わっていくのだ。
退屈という問題も、テーマによって回避できる。南海に浮かぶ美しいリゾートへ行く。椰子の葉がそよ風に揺らぎ、鋭い日差しがプールサイドに照りつける。やらなくてはならないことは何一つない。でも、旅人のリズムはいまだに都会のビートを刻んでいる。何かしなくてはいけないという強迫観念が、何もする必要がないという現状とぶつかり、退屈を生む。デッキチェアにしばらく身を沈めているが我慢できなくなり、観光ツアーを詰め込んだり、ショッピングに走り回り、結局ゴチャゴチャした休暇を過ごしてしまう。
ならばはじめから「アンニュイ」を旅のテーマにする。退屈に身を浸し、プールサイドでサマセット・モームの、都会を捨てた男の話でも読み、汗をかき、ジン・トニックを啜り、眠くなれば眠り、時の刻みを忘れる。
これを一日二日と続ければ体のリズムも静まり、退屈という人工的な感情も治まり、何もすることがないという状態が快感になる。「アンニュイ」が目指すところは、この静かな解放感なのだ。このように旅を演出し、ロール・プレイング・ゲームを楽しむ。
旅は、旅人を日常から非日常へと誘う。そこには新しい挑戦や発見とともに、日常よりは起伏の激しい感情の流れがある。解放感、浮遊感、新しいものを受け入れる喜びという静かな流れ、そして突然やってくる恐怖、疲労感、孤独、虚無感、不安、挫折感といった激しい流れ。旅のチャレンジは、いかにそんな波を一つ一つ前向きに乗り切っていくかということだ。テーマ遊びはこの波乗りを、より快適で、より楽しいものにしてくれる手段だと、僕は思っている。
旅に出ると、人生の主役は自分であることを感じることができる。恥じることなく自分に酔えばいいのだ。音楽を変えて自分のモードを変えるように、本をスイッチ代わりにテーマを変える。その示唆が新鮮に感じられたのだ。
それとは別に、1話ぶん模写して分かったことがある。ハリスさんが扱う言葉はものすごく平易だ。それゆえ読みやすいし分かりやすい。流動食のようにするすると入ってくる。昔から作家を目指していたが、読み書きで使っていた言語は英語。まさか不得意な日本語で本を書くことになるとは思わなかったというハリスさん。それが良い結果につながっているのだとぼくは思う。
「ドロップアウト」という言葉には続きがある。
“Drop out. Get high and tune it.”
60年代のヒッピー文化が生んだスラングらしく、正確にはこういう意味らしい。
Drop out
戦後の実利至上主義的な社会、深みのないスクエアな考え方、保守的な生き方から脱却しろ
Get high
ドラッグでもセックスでもロックンロールでもいいから、とにかくハイになって、
Tune in
宇宙的な意識に波長を合わせよう
たくさんの気づきや学びが得られるこの本。とくに、旅のエッセイ集を書いてみたい人にオススメです。