行かずに死ねるか!/石田ゆうすけ
2014/10/01
七年半かけて、自転車の轍で世界一周の軌跡を描いたチャリダー「石田ゆうすけ」さんの冒険記。現地の人や、世界中のチャリダーとの出会いと別れのエピソードが軸になっていて、「別れ」のお話に必ずオチがあるところが好き。
印象に残ったエピソードは3つ。
●まずは、「人嫌いのジム」の話。
道ばたで地図を見ているジムに出会い、同じチャリダーとして声をかけるが、「ジムはひとりで旅したいんだな」と察し、すぐに別れるが、行く先々で再開し苦笑いを交わす。そして、合図をするでもなく、一緒に走り出したというのだ。数日間のふたり旅で心の距離は縮まるが、別れ際、住所交換をしようとしたら、「また会えるさ」とはぐらかされる。数ヶ月後、セドナを通りかかった時、偶然にもそこで暮らしているジムに出会う。「家まで案内してよ」と言うと、連れていかれたのは森の中のテントだった。街でアウトドア講師でをしているジムだが、ホームレス生活をしていることは彼の友人でさえ知らない。ホームレスと言えど、自然を愛するがゆえの悠々自適なテント生活だが、「そりゃ住所交換できないわけだ」と笑いあう。
●「マサイ族とスプリントの」話もおもしろい。以下、引用させてもらうと…
「いいか、俺がこの石をいまから上に投げる。それが地面に落ちたらスタートだ。ゴールは、ほら、あそこに白いビニール袋が落ちてるだろ。あれを先に取ったほうが勝ち。OK?」彼は頷いた。「いくでぇ、せーの…」石を上空に投げると、次の瞬間、マサイ青年は猛烈な勢いで飛び出した。「あっ、コラ!フライングじゃ!」さすが偽チーフ、やることがせこい!ぼくも慌てて走りだす。前方で赤いマントをひらめかせながら、青年のスリムな体がサバンナを矢のように駆けていく。速い。思ったよりやる。しかしぼくも元スプリンターなのだ。素人には負けられれない。そのうちじわじわと彼の赤いマントが近づいてきた。もうすぐだ、もうすぐ追いつける、あと10メートル…というところで、一歩先を行く彼がゴールのビニール袋を取りあげた。相手はそのまま流して走りながらこっちを振りむき、ニヤリと得意そうな笑を浮かべた。ぼくは、ハアハア、と荒い息をつきながら考えた。もう少し距離が長ければ、ハアハア、後半は明らかにこっちが追い上げていたのだ、ハアハア、ヤツがフライングさえしていなければ、ハアハアハアハア…。そこへマサイ青年が軽快に戻ってきて「はい、勝ったから二十シリングね」と、少しも呼吸を乱さずに言った。
●そしてタケシのエピソード。ここも引用させてもらうと…
町を歩いていると子どもたちがやってきて物乞いを始める。多くの旅人は「ノー」と言うが、ぼくはその言葉に抵抗があったので、「ソーリー」と答えるようにしていた。タケシは違った。「お前、かわいい顔してんな」と日本語で話しかける。「なんだ、腹減ってんのか?だめだよ、俺も金ねえんだ」そんなタケシに向かって、子どもも親しげな表情を浮かべ、現地の言葉で話す。タケシが日本語で返す。それできちんとコミュニケーションがとれているように見えるから不思議なものだ。おかしな会話は続く。「しかたねえな、わかったよ。じゃあドーナツ、俺と半分こすっか」そう言ってタケシは屋台のドーナツを買い、半分にちぎって一方を子どもにやり。一方を自分の口に放り込む。そんなことが少しのてらいもなく、自然にできる男だった。あるときタケシはぼくにこう言った「すべてに敬意を払おうと思ってるんです」その言葉は、それからもことあるごとに、ぼくの頭に浮かんできた。
そんなタケシと、ジュン、アサノと一緒に喜望峰を目指す中で、遅れをとるアサノとジュンのエピソードも胸に残った。7年半の旅が、2時間で読める本におさまるわけがない。きっとこのエピソードは書いた文章の中の10分の1にも満たないだろうことが伝わってくる。出版とは9万5000kmの道のりよりも厳しく、それだけの筆力というより、やはり体力や気力が「筆要」なのだな、と感じざるを得ない。「行かずに死ねるか!」まさに、旅に行きたくなる本でした。
【その他のメモ言】
北米と南米を結ぶ、あの十二指腸みたいな細いところに道はない。
都市のエネルギーがわきたつ前の、ピリピリした振動が、すぐそこまでやってきていた。
釣りして料理して食う。そういうことができると旅は楽しくなる。
南米をチャリで走らなくても、ヨーロッパを二人乗りチャリで走るのはおもしろいかも。
ティカルにいきたい、オーロラのブレイクアップ現象がみたい、ユーコン河をカヌーで7日間流れたい