TRAVERING

なぜ旅に出るのか?そこに地球があるからさ。

ノックより、マッシュ。

   

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マッシュの何がいいのか。それは、菊池亜希子さんの人柄が見えるから。雑誌一冊ぶん、すべてを書いたら、どうやっても人柄が表れる。マッシュは最初の1ページがすごい。タモリさんへの手紙のようなページだ。

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ここで菊地さんが、ただカワイイカワイイされてきたモデルではないことが分かる。知的で素敵で、芯がある。嘘がなくて、素が見える。きっと、小学生のころは男の子に混じってドッジボールをしたりして、家に帰ったら本を読んだり、聡明であろう両親と話をしたり。少なくとも女の子グループに埋没してミッキーマウスを愛でてきたような人ではないと分かる。ぼくは男だが、それでも共感できるし、そういう人が好きだなあと思う。

ページをめくるたびにデザインが変わっても、菊地さんが発する世界観は変わらない。単なるファッション紹介にも物語があり、人柄がある。ちなみに、ぼくが読んだのはvol.8だったが、アートディレクターは毎回変えているそうだ。それでもぶれないのは、菊地さんという人柄が、ぶれていないからだろう。

 

 

……と、思わずベタ惚れならぬ、ベタ褒めをしてしまったが、これはライターにとっても、同じことが言えると思うのだ。

誰が書いたか分からないような文章は読まれない。伝わらない。人柄がにじみ出ていないといけない。松浦弥太郎さんのような著名人なら、もう知られているのだから、ただ書くだけでも伝わるかもしれない。糸井重里さんは境地すぎる。すでに著名だけど、発する言葉のすべてに人柄がのっている。考えてみれば、松浦弥太郎さんにせよ、著名になる人は、すべからく文章に人柄が表れていると言ったほうがいいかもしれない。

たとえ、そうでなくても。著名人でなくても。文章の入り口で、自己紹介をしなくてはならない。名前を述べよ、ということではない。書き手はこういうことを考えている人間で、だからこれからこういう文章を書くんです、という自己紹介だ。著名でないことは、逆にチャンスでもある。あなたと同じ一般人で、こういう悩みがあるのですが、今回、こう思ったのです。それが伝われば共感してもらえて、深く読んでもらえる文章になることだろう。

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ちなみにノック(knock)は、旅をしながら自主出版しているムック。プロジェクトとしてすごいアイデアだと思っている。ただ、人柄としては無色透明な印象。ぼくはマッシュのような本を、ノックのように旅をしながら出版したい。

 

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