TRAVERING

なぜ旅に出るのか?そこに地球があるからさ。

寝夜特急|中国・非解放地区を越えてチベットへ

      2016/11/23

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中国・香格里拉(シャングリラ)から、チベット・拉薩(ラサ)へ。ヒマラヤへと続く標高4,000m級の山々を、越えに越えてひた走る寝台バスがある。その道程はなんと2泊3日。

「外国人非解放地区」を通るため中国人でなければチケットは手に入らない。日本人だと知られたら即逮捕、国外退去である。ここに、中国人に扮してバスに乗り込んだ、とある日本人の手記がある。

 

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シャングリラを発つ
走りはじめて5時間
バス故障
引き返すこと5時間
ふりだしにもどる
運行中止だけは困る
待つこと3時間
修理完了
夜と同時にバスは発つ

 

第一の関門 “塩井”
ここから先は非解放地区
ゆえにこの検問は鬼門
深夜2時
消灯されたバス内に
公安が乗りこんでくる
暗闇の中 影の気配
身も息も潜めて
寝たフリでやり過ごす
ノーチェック
深夜走行が功奏す

 

目が覚める
窓から外はすべて白
もやに包まれたここはどこ
霧からバスが顔を出す
窓から外はすべて青
突き抜けるような碧い空
標高4,200メートル
“雲のトンネル”を
何度もくぐり抜けていく

 

バスが止まる
巨大な落石が道をふさぐ
7人がかりでバスを誘導
小型車分の道幅を1cmずつ
巨体な寝台バスが縫う
ガードレールは ない
後輪がガケ下に石を落とす
パラパラ ハラハラ
命落とさず

 

目が覚める
バスを降りろ と運転手
検問か?
いや違う
目の前にはボロボロ木橋
乗客は歩いてぞろりと渡る
減量バスがそろりと渡る
グラグラ ハラハラ
再び乗り込み走り出す

 

目が覚める
バスが停止している
何人かの乗客が降り
何人かの乗客を補充する
なにかのトラブルか
口論がはじまった
バスが人に囲まれる
公安がやってくる
おいおいおい
布団に顔をうずめる
間一髪
逃げるようにバスは発つ

 

目が覚める
辺りは真っ暗
乗客の寝息が真夜中を告げる
ノドが焼け付くように痛い
ツバを飲み込む
つるりとノドを伝う感触
胃にたどり着いたとき
焼き石に落ちた水滴のように
ジワッと音を立てて渇いた
そこで目を開け
体を起こして水を飲む

 

そして再び横になる
ふと窓に顔を寄せる

 

 

なんて密度だ
天の川が大洪水
空一面に大氾濫
なんて世界だ
このバスの窓には窮屈すぎる

 

窓を開ける
冷気をバスが吸い込む
水中から息継ぎをするみたい
前髪をかき分ける風
それに抗うように
窓から首を出してみる

 

ぉゎ

 

僕の視界にも窮屈すぎる。

 

オリオン座も カシオペア座も
見つけるには星が多すぎる
さそり座も てんびん座も
結ぶには点が多すぎる
さばく座 らくだ座 うみ座 ふね座
見つけ放題 結び放題
すべては自分しだい
星ひとつ盗んでも バレっこない
すべては思いのまま

 

星が流れ落ちる
がらにもなく 願い事を
考えてみる
考えてみる
考えてみる

 

 

願い事なんてない
願うしかない事なんてない
ぼくらは どこへでもいける
ぼくらは なんにでもなれる
すべては自分しだい
この世に生まれたという贅沢
すべては思いのまま

 

また流れ星
今度は 垂直に逆上がる
ロケットみたいだ
流れ星って 落ちるものだと思ってた
そう決め付けていた自分が
今となってはおかしい
硬くなっていた表情を
ほぐすようにワザと形作る
ニヤリ フフフ アハハ
すべては思いのまま

 

全身が強張っている
最後の検問
その名は“八一”
人民解放軍の町
公安の町
逮捕された外国人は数知れず

 

バスが停まる
休憩と点検
後輪にガタが来てる
着けたり外したり
バスの外には降りられない
毛布にくるまり 祈るのみ
窓の外には映っていた
軍服を着た男たちが

 

そろりとバスが動き出す
ホッとするにはまだ早い
再び停止 検問開始
空も明るい 昼の2時
“塩井”のように甘くない
毛布に隠れて祈る 祈る

 

3人の運転手がバスを降ろされる
運転手も複数人必要となる
2泊3日の道程
中国人のフリにも限界がある
運転手に密告されたら
公安に踏み込まれたら
サヨウナラ

 

ドアが開く音がする
ビクッと身体が反応する
毛布の隙間から覗き見る
人が 乗り込んでくる

 

運転手
運転手

運転手

 

プシューーーー
ドアは閉まり ゲートが開く
毛布が汗ばんでいる
バスが動き出す
ノーチェック
全身の緊張を解いていく

 

目が覚める
あたりは白くぼやけ
夢と現を惑わせる
琥珀色の川が流れ
たくさんの黄色い穂が
やさしくさわめく
バスは走り 景色が流れる

 

そして
大地に雨が降り注ぐ
カーテンのように やわらかい雨
にわかにすべてが輝き始め
金色の穂がいっせいに顔をあげ
川の流れに呼応して水面が踊る
ヒマラヤによるショーシャンク
大自然による咆哮
ぼくらはすごく
すごく生きている

 

バスは走り 景色が流れる
赤い屋根 橙の屋根 黄の屋根
緑の屋根 青い屋根 紫の屋根
虹なのか
屋根だよな
こんなところに人が?
疑いながらも
ぼくの瞳には その虹色が
映っていたと確信する

 

目が覚める
辺りが再び虹色に輝いている
赤 橙 黄 緑 青 紫
原色ネオンが伝える大都会
夢でも幻でもない
確かな現実が広がっている

 

ワレ 香格里拉ヨリ 三夜を経テ
深夜二時 拉薩ニ 到着セリ

 

 

 - トラベルエッセイ, 留年バックパッカー