TRAVERING

なぜ旅に出るのか?そこに地球があるからさ。

「手ぶらでインド」に行った理由 (1日目-1)

      2016/11/23

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「手ぶらでインド」

このフレーズが浮かんできたのは突然だった。まるで大昔に海に溶け込んだ気泡の粒が太平洋を1周して浮かんできたみたいに。

 

どうして「手ぶら」なんだろう?

すべての思いつきには理由があるし、言語化できる。そう考えるのはコピーライターである自分の職業病かもしれない。「なんとなく」がイヤなのだ。

僕はかつてバックパッカーをしていたことがある。当時はまだ大学生だったけれど、シンガポールからチベットを越えてエジプトまで、半年あまり旅をした。当初は予備を蓄えすぎて、背負うと身長よりも高くなっていたバックパックも、旅が進むにつれて底にあった余分な荷物からそぎ落とされていき、文字通り底がつきたときには、人が生きていくための必要最低限が何かを知った。それだけではない。帰国した当時は家がなく、時を同じくして留年していた仲間と4人でルームシェアを始めることになった。それから8年。2年おきの引っ越しで様々な形でのシェア暮らしを経験する中で、「物を持たない暮らし」にすっかり慣れてしまったのだ。

今、旅をするとすれば、バックパックに何を詰めるだろう。パスポート、スマホ、クレジットカード、そして着替えの服、あとはハミガキ?
それ以外は何も思い浮かばなかった。でも、考えてみれば、服が買えない国はない。日用品や薬だってそうだ。カメラやガイドブックも、スマホがあればいい。そうして減らしていけば、どこまで旅を軽くできるんだろう。そう思ったのだ。

 

どうして「インド」なんだろう?

そこを遡っても、やはりバックパッカー時代に辿り着く。当時のインドの混沌は噂をはるかに超えていた。狩りのようにボッたくってくるインド人。僕の予約席にふんぞり返って食べカスを巻き散らかすインド人。誕生日を祝うふりをして睡眠薬を仕込んでくるインド人。ほかにも、斧を振りかざして追いかけられたり、乗っていたバスが前を走るバスに衝突したり、ついでに糞尿にまみれた牛に体当たりされたり、もうカオスなんて言葉じゃ生ぬるい。もうね、イカれてる。ええじゃないかすぎる。毎日が応仁の乱。

それでも、いや、それだからこそ、一番楽しかったのがインド。最悪で最高。「インドなんか二度と行くかボケ!」と言いながらも、また行きたくなる。ラーメン二郎みたいな中毒性がある国。理性と裏腹に身体がインドを欲してしまうのだ。

 

やってくるのは“トラベルブルー”。

会社の休みをとり、チケットをとり、ビザをとる。

行くと決めれば、必要なのはそれだけだった。手ぶらの旅に、それ以上の準備は存在しない。着替えの服を悩んだり、非常食を用意したり、薬を探したり。そんなことで忙しくなることもなく、出発の日だけが近づいてくる。次第に、ひとつの思いが膨らんでいく。

「インド、行きたくない。」

行きたかったはずの旅なのに、直前になると不安になる。家でダラダラしていたほうが、どれだけ安全かつ快適だろう。インドに、しかも手ぶらで行くなんて疲れるに決まってる。マリッジブルーみたいだと思う。望んだ結婚のはずなのに、直前になると不安になってくる。

人は誰だって怖いのだ。今を変えることが。転職に踏み出せなかったり、本当にやりたいことを諦めてしまうのだってそうだ。慣れ親しんだ環境で過ごすことのほうがどれほど楽なことか。それに逆らうには、川を遡って泳ぐように強い力がいる。

それでも、旅は予約さえしてしまえば、目の前にチケットの有効期限が迫ってくる。それを辞めることは、大金を捨てること。現金なリスクには逆らえず、嫌々ながら空港へ向かうことになる。とはいえ、行ってしまえば、あとは楽しいことだらけ。いつだって一番しんどいのは最初の一歩だけだから。

けれど、人生においてはもう少し複雑だ。たとえば、会社を辞めることによるリスクは、航空券を捨てることの比ではない。人生を乗せた安定への特急券を捨てる。そのリスクは決して測れるものではないのだ。こうして失われてきたチャンスはどれくらいあるのだろう。ぜんぶ集めると僕だけでも何百何千もの人生があったように思える。

それでも、人は旅に出るべきなのだ。そして、人生は冒険するべきなのだ。行ってしまえばあとは楽しいことだらけ。人生はそんな風にできている。この旅を終えたとき、僕はきっと旅人に転職するだろう。そんなことを考えて“トラベルブルー”を振り払う。そうして僕は旅に出た。

 

つづき↓
手ぶらの旅は、準備が1分(1日目-2)

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